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2021年12月29日水曜日

最後の1枚は渾身のプレキャストゲル:絶対に忘れられない「魂の電気泳動」~博士学位のかかった究極のリバイス実験~

目次


1. 魂の電気泳動の日

2. 研究室という"社会"の中で、「論文を書く」という事

3. 難解な問題を前にした解答者が、この世で最も欲しいもの

4. いざ、プレキャストゲルで、最後の勝負!

5. 編集後記 (教訓・謝辞)


魂の電気泳動の日


今日は、あの日から1年が経つ。1周年記念。
生涯にわたって絶対に忘れることがないであろう「魂の電気泳動の日」。あの日を振り返っておこう。



2021年2月8日月曜日

博士3年のポスドク就活事情;JREC-IN使って1カ月であっさり博士研究員オファー3ラボ内定【ポスドク先選択7か条】

* 株式会社アカリクさまからご招待いただき、
  本記事は「アカリク アドベントカレンダー2021」に参加しております。
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あれだけ不安だった「ポスドク先が見つかるのか問題」は、あっさりと解決された。
さきに結果だけ述べておくと、1月5日から始めたポスドク先を見つける活動、たったのジャスト1カ月で終わりました(2月5日)。

僕みたいに全く業績出てなくて、こんなに苦しくてもがいてもがいて、結婚して家庭もあるのに明日の飯も食えるかわかんない、みたいな状態でも、決まるときがきたら、あっさりと決まると伝えたい。その時まで、心を無にして目の前の仕事に向き合うこと、その忍耐強さ、Patienceだけが求められる。

行先:名古屋大学理学研究科
内定先:名古屋大学理学研究科、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から2ラボ

*当初は海外ポスドクを考えていたのですが、ご時世なども鑑みて結局国内のラボだけにアプライしました。




2021年1月20日水曜日

人生初、原著での国際学術論文がイギリスの化学雑誌(ケムコム, Chem. commun.)に受理(アクセプト)→in press!

二度目になりますが年始初っ端、原著での国際学術論文がイギリスの化学雑誌(ケムコム, Chem. commun.)にアクセプトされました (in press)。

Online版が公開されたので、早速シェアします
https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2021/CC/D0CC07171D
(ただし、無料ではアブストラクトしか見れません...!)



2021年1月9日土曜日

血の滲む努力の末に...年始早々Accept! 学位申請にポスドク申請に奔走

ついに学位申請を出せました...!!!
感無量...

年始早々の1月5日(イギリス時間では4日)に、人生初の筆頭原著論文にして、学位論文となる論文が、英文国際化学雑誌に受理(アクセプト)されました。
やっっとだ。IF=6くらいで、まあまあの雑誌って感じですが、まあよくこの一年で頑張ったとは思う。3年ある中で2年間はなんのデータもなく、最終学年の5月くらいからやっと進み始めたのです。



2020年11月17日火曜日

2020年の内省022_11月03日 - 11月16日: 嵐の師走を前にして. 登壇機会の多い11月.

責任のある仕事をこなすためには、トレーニングが必要である。
これは、PIを目指す研究者の一部が抱える葛藤だろう。

【早く一人前の研究者になって自分のラボを構えたい!】という半ば生き急ぎがちな気持ちの半面、かといって【責任をもって他人とやれるだけの大きな仕事はあるのか】という鋭い問いが自身に向かう。

僕も日夜このような葛藤と格闘している。特にこの2週間は、編集者からのお返事を待ちながら、研究者としての自分を漠然と見つめ直していた気がする。

【自分初の誇らしいアイデア】が浮かぶにはどうしたらいいのだろう。論文を書くに足るアイデアくらいならまあいくらでも浮かんでくるのであるが、「ライフワークにしてもいいな」と思えるくらい壮大かつやりがいのあるテーマってのにはなかなか出会えない。

僕は疫学研究にも手を出そうとしているのだけれど、こちらもやはりトレーニングが圧倒的に足りてないせいか、テーマはなかなか出てこない。他人との会話頼みだ。

努力で超えられるゴールとか閾値みたいなのが見えないのがアイディエーションであり、これを仕事にするのは本当に怖い。自分にできるかわからない。

でも思い返せば、「イージーワークだ」と感じてしまった企業は向かないと感じた自分もいる。きっと、自分の限界に挑戦し続けることこそが、僕の人生を豊かにしていくんだろう。

大きな仕事に取り組んで、取り組みはじめたら、二度と離すまい。
では、この2週間を振り返ります。



先週のおいしかったもの


2020年11月2日月曜日

2020年の内省021_10月11日 - 11月02日: 誕生日前後に、ひと段落。再び社会的にもアクティベートされた日常へ...!

今年もはじまりました。
高校生に対する高大連携授業。京都大学の入試企画課が主催している事業でいつも講師としてお手伝いさせていただいており、秋から年末にかけてのシーズンで集中的に出前授業(といっても今年はzoom)に出向します。

今年は慶應時代のときのつながりなんかもあって、京大以外のご縁で高校生に対してお話させていただく機会もあり、去年に匹敵するくらいお話しの機会がおおいです!

ちょうどこのシーズンは大学院生にとっても、研究費の公募だったりがちょこちょこあったりして専門的なことをわかりやすく言葉にする必要があります。そのようなときに、高校生にたいして行うプレゼンテーションの準備をする過程でいろいろ勉強になることがあります。今年はちょっと一般市民向けのプレゼン大会にもエントリしたので特に。

それにしても、高校生たちの、まなざしや言葉を浴びるとこちらも元気をもらえるものです。アンケート回答を振り返るのが楽しみです。
そして僕の博士論文もいよいよおそらく大詰め。やる気出てきました。

人事を尽くして天命を待つ。
では、この2週間を振り返ります。



先週のおいしかったもの


2020年10月9日金曜日

2020年の内省020_09月23日 - 10月10日: 地獄の中でのタンパク精製からの, 論文執筆な後半戦

「地獄を見る」という言葉を何度口にしてきただろう。「さすがにもう論文出せるか」と思っていた矢先に、それを1-2週間ほど繰り越さざるを得なくなった。

3月ごろからずっと、「あと1週間ペース遅けりゃもう予定通り卒業できない」みたいな当落線上で闘っている。そんな中で1-2週間の繰り越し(タンパク精製・配送作業)を強いられると、即座にその瞬間から、日常は「地獄を見る」ような日々へと一変する。

ようやく少し落ち着いたからこうして物書きができている。ちょっとの出来事や些細なすれ違い、予定違いでこんなにも精神の在り方が変わるっていうのは、①僕の心身が疲れている ②よほど博士後期課程という環境がしんどい ③その両方 のどれかであろう。

中学生の時にぼんやり眺めていた「しあわせは いつも自分のこころがきめる 」という相田みつをの言葉はその通りだと感じさせられた。

こんなに心があっちこっちしていたら、身体も時期に壊しかねない。
もっとどしっと構えて、なるようにしかならないと思えるようになりたい。

鈍感でないと、こんな世の中、生きていけない。
では、この2週間を振り返ります。



先週のおいしかったもの

2020年9月23日水曜日

2020年の内省019_09月03日 - 09月22日: 博士論文マニュスクリプト完成 & 別論文でリバイス到来

ずいぶんと久々に、車を運転した。レンタカーで神戸ー京都間を往復して、1日で合計150キロのドライブ。

自分が運転しているとその間は「運転」することに集中しなければならないし、両手両足もふさがってしまう。運転中は、他のことに頭を使ったり、本を読んだり、ものを書いたりができなくなってしまうので、基本的に日常の移動手段としてのドライブは嫌いだ。

だけれども不思議なことに、たまに運転するってのは、ほんといいものである。そしてそういう時は、車好きやドライブ好きの気持ちがちょっとだけわかった気になる。つまり、ルーティンではなくイベントとしてのドライブである。普段使わないような頭を使えたり、普段見れないような景色を見れたり、他のことを考えず一切を視界のことに集中できるというのは、いい気分転換だ。確かに疲れるのだけれど、普段がマルチタスク・マルチプロジェクトなので、それがシングルになると、ぐっと楽になれる。
両手がふさがっているので、余計にスマホをみなくても済む。

四六時中、自分の研究プロジェクトのことばかりを考えていた日が続いていたので、このドライブはかなりいい気分転換だった。特に執筆についてはある程度時間を置いてからまた見直すことで、ちょっと客観的に自分の文章を見つめ直せるから、一段と洗練できるような気がする。

次回の振り返りまでに、英文校正くらいまでは進めたいな。
では、この2週間を振り返ります。

先週のおいしかったもの

2020年9月3日木曜日

2020年の内省018_08月19日 - 09月02日: 全身全霊で研究へ. シングルプロジェクトへの集中(熱中)

1日中、ずっと研究のことを考えている。すごい。こんな状態は一体いつぶりだろうか。今が一番、しんどくて楽しいんだと思う。自分が他ごとをすべて捨ててこちらにコミットするだけの覚悟をまだ持ち合わせていたこと、それに気づけたのが、嬉しい

成長は量子力学的に起こる。しかも厳しい環境の中でしかこれはありえない。

ここのところ1日14-18時間くらい実験したりデータ整理したり解析したり次の実験組んだりしている。一日8時間労働の人の二倍。週末も含めたらそれ以上。なるほど、そりゃデータもポンポン出るわけだ。イーロン・マスクがいつも言っているが、週に100時間以上動けと。

たしかに、一つの仕事に対してこれだけコミットすると、毎日成長を感じられる。だから楽しいのだと思う。たぶん。手技もうまくなるし、自分の研究デザイン力とかもなんか徐々についてきている。自分でそれがわかるくらいには。

自転車が乗れるようになるのとおんなじで、あれって1日1日乗れるようになるわけじゃなくて、ある日突然ぐんと、急に乗れるようになる。

この二週間で、ほとんど論文化に必要なデータが一気にそろった。本当に背水の陣で、あと1,2週間でも遅れたらもう卒業間に合わない、みたいな戦いがずっとずっと続いてたので、それはもう。めちゃくちゃ安堵しているわけであります。

でもまだ気は抜けない。あと2週間で論文を書かねば。
では、この2週間を振り返ります。


先週のおいしかったもの

2020年8月18日火曜日

2020年の内省017_08月04日 - 08月18日: 自由になりたい。足枷になるくらいなら取っ払え。信じる理由があるなら突き進め。

何かに囚われていたり、自分に足枷がつけられているということには、なかなか気づけないものだ。5年10年といった長い間、足枷がつけられた状態が続けばその状態が普通になってしまうのだろう。

すでにキャパオーバーの中、抱えているプロジェクトが増えてきたりイベントの登壇依頼をいただけたり、新しく会社作るみたいな話が出てきたりと、僕が【博士号】というもはや呪縛のような何かに囚われている間に、世間や社会はどんどん前へ前へ進んでいっている感じがする。自分が子どもの頃になりたかった「博士」という夢に嘘をつかないために、こんなにも苦しい思いをしなくてはいけなかったのか。いや、何より、こんなに楽しいはずの生物学・医学・薬学といった学問領域に足をつけていて、僕はどうしてこんなに苦しい思いをしているのか。

足枷になるくらいなら取っ払え。信じる理由があるなら突き進め。

という言葉を使ったことがあるが、今の自分には、足枷がありながらも、信じる理由も両方ある。足枷だと感じてしまうようになったものにとらわれる必要なんて少しもないし、なんならこれは足枷じゃないはずだ。これを言い訳にしてはいけない。いつ・どんな状況下であっても、人はもっと自由に生きていていいはずだ。本当に僕がやりたかったことは、何だろう。


今はこう、どこか自由になりたい。
では、この2週間を振り返ります。



先週のおいしかったもの

2020年7月16日木曜日

2020年の内省015_07月02日 - 07月15日: 博士の道のりは長いよ:いまだ論文サブミットが見えず。京都大学のオンデマンド授業のパンフにのりました。

この2週間は前半こそ落ち着いていたものの、後半戦がとてもばたばたしていた。
論文化にあたって少し衝突(前進できたからよし)があったり、キャパオーバーしているところに次から次へといろんな仕事や依頼がはいってくるとか。
(例えば、今週は全部夜がオンラインMTG等で埋められている。)

まったくインプットの時間を取れていないっていうのがこの二週間の大きな変化だと思います。前回、「アウトプットを前提とした仕事の方がパオフォーマンスを発揮できる」みたいな振り返りをしていたと思うが、今度はそれが行き過ぎてるなぁという感じ。受動的に入れる情報とかがないので社会の動きとかに全くついて行けてないのが目に見えている。また、いい意味でも悪い意味でも遮断する情報をつくるようになった。

さて。とてもばたばたしているとはいうもの、ここまでの間に何とかプライベートを少し落ち着けることができたのが幸いしているか。24時間ずっと研究のことか団体のことか自己実現のことを考えてて、一日の境がどこにあるのかわからないみたいな感覚でいるここ2、3日です。

では、この2週間を振り返ります。



先週のおいしかったもの

2020年7月2日木曜日

2020年の内省014_06月20日 - 07月01日: メディア記事執筆・博士論文執筆、はじめました。

前回、この記事を書いていた時は随分と心の調子が安定しなかったようだけれど、ようやく落ち着きはじめた。仕事もようやく専門のことに手を出せるようになってきた(おい!)。と思ったら、また新しい二週間はソワソワしそうだ。
あ、あと記事や論文、書いてみてわかることも多いもものだ。アウトプットを前提に仕事をしたほうが僕はうまいことやるタイプなのかもしれないと思った。さて、タイトル通り博士論文となる雑誌用の論文を執筆しはじめたので今回はそのことが中心になる。

プライベートでは、ついに入籍しました。天赦日かつ一粒万倍日である2020年6月20日。目標をここと定めて、なんやかんやと準備を進めて無事、承認されましたとさ。助けてくださった皆様、ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。

では、この2週間を振り返りますー。


入籍記念日のプレート

2020年5月4日月曜日

2020年の内省⑩4月14日 - 5月3日: COVID-19で動き出した周り・オンライン系での動き・採択2件・研究・研鑽も進んだ

この2週間もライフステージ上でかなり重大な決定だとか進展があったものの、仲間や周りの人に恵まれてなんとかかんとかここまで進めて来られた。

そう、本当に慶應時代にお世話になった先輩方や同期が優しすぎた。
研究室の実験関連や公募関連では先生が優秀かつ優しすぎる。
ありがとうございます。

キャリアに関しては、行動がゆっくりすぎるので、GW明けくらいからはギアチェンジしてやりはじめなくてはならない。

あと、読書、、、この二週間はとっても量が落ちてしまった。反省。

それから、、自分がPJTリーダーになることはいつでも忘れちゃいけないのに忘れてしまっているなって反省している。小さい人間に収まりたくないっていう内省。

この間のおいしかったもの

2020年1月23日木曜日

海外ポスドクに挑戦しようと思った理由を言語化してみる

人生における重要な選択の理由を言語化すること


真夏のインターンでこのことを学んだ。
とある選択をするときに、自分がどういう価値基準をもったうえで判断をするのか?

これを言語化しておくことは今後自分が迷ったときとか役に立つし、
間違った選択をしてしまいそうなときに、そうせずに済むことがある。


ここ二年間くらいずっと、
いわゆる研究者の道で勝負するのか、スタートアップでバリバリ経営企画・新規事業で就職のかっていう2択で悩み続けてきた。

ようやく年始に決意できたので、その理由とかを自分なりに言語化しておこうと思う。



2019年12月25日水曜日

191220_日本で最年少教授で、オハイオ州の有名小児病院の先生に、海外ポスドクの話を聞いてきた

海外ポスドクについて②


前回に引き続いて、今回も海外ポスドクについて話を聞いてきた。

学部生の時につながりを持てた超有名若手研究者。
オルガノイド研究におけるトップランナーとしてご活躍されている。

どうしたら30前半で教授になれたのか、どうしたら20代前半で世界最高峰の国際論文Natureに論文を出せたのか、、。成果から見ると本当に怪物のような方だけれども、ああいう方をみていると本当に負けてられないと思う。

どんなトレーニングを積んだらあんな人になれるんだろう。
アイデアの発想についてとか、ポスドク選択をする際にどういう基準で何をみたらいいのだろうかとか、色々聞いてみた。



なお、僕は基本的にポスドクするとしたら海外(基本的にアメリカ)しか選択肢にない。
というのも、給料、競争環境、ノイズ(日本にいないので100%研究にコミットできる。変な飲み会の誘いとかない)、施設・設備、クリエイティブ人材の豊富さなど、どれを取ってもアメリカポスドクの方が先をゆくためだ。



2019年12月24日火曜日

191219_元理研の方;海外ポスドクへの具体的な道のりと企業就職のちがい

ポスドク先の海外ラボの選択基準について


将来の道は、海外ポスドクかなぁって、最近思うようになっていたので、いつもアカデミアの道に進む際にお世話になっている方に、お話を聞きに行ってきた。

この方は、東大→理研→外資系製薬会社→理研→アカデミックベンチャーCEOみたいな道のりを歩んでるかなり特殊なキャリアの方で、自身の将来設計をするうえで、いつも本当にためになるお話をしてくださる。

相談に訪れるたびに、その時に取っておくべき重要な(必要な)情報を的確に教えてくださる。。

今回も、

海外ポスドクに進むとなったときに具体的にどのようなステップを踏むのか

についてとてもイメージつきやすく教えてくださった。。





2019年12月23日月曜日

2019年12月18日水曜日

191206,08_親友からもらってきた将来設計についての助言

おれ、どういうところにいそう?(身の置き所)


こんな質問を親友に投げかけている時点で「小さいな、自分。」と思うわけだけれども、それでも聞いてしまうわけであります。

もうこの時期は、本当に頭を抱えて悩みに悩みまくっている(執筆現在も。)。
本当に就職するのか?っていう問いが頭をもたげている。
やっぱり僕は、40歳くらいでアカデミア戻ってきたいし、純粋な研究をしていたいっていう欲求があるみたいだ。

企業にいったとして、本当にアカデミアに戻って自由な研究ができるだろうか。
40代でポストを大学に得られるのだろうか。

逆にポスドクいくとして、海外ポスドクして成功が得られる確信もない。
むしろ、3年とかで失敗したら将来どうするんだ、自分。

再び、 「海外ポスドク vs スタートアップ就職」の問いを戦わせている。
(ちなみに、めちゃたくさんの人に話を聞いているが、アカデミアか企業かの第三者イメージは半々である。)


2019年3月2日土曜日

博士の就活って、どうやってやるんですか? ①製薬業界編:医療系IT会社の方のOB / OG訪問

3月1日就活解禁!!


今日話してきて思ったのだけれど、そう。
ちょうど昨日3月1日、2020新卒の就活が解禁された。

僕はといえば2021年卒なのだけれども、そろそろうかうかしてられない。
最近自分の将来設計や就職について頭を悩ませている自分がいる。


キリもいいので、少し最近人と会う中で色々見聞きした話をまとめてみたりしたいと思う。今日から何記事かに分けてちょこちょこ人と会って聞いた話だとか自己分析だとかを記事にしていこうかと。

どこまで続くかわからないけれど。




2018年3月2日金曜日

医療系で他大学への大学院進学を悩んでいる人へ: 医学・薬学系大学院・研究室を選ぶ際の5つのポイント

充実した大学院生活を送るために、研究室を選ぶ際の、5つのポイント


とある6年制薬学部にいる後輩から相談があったので、少し書いて見たいと思う。彼女は4年制の博士課程に進学するかで悩んでいた。

読者もきっと、「今の研究室のテーマにあまり興味がわかない」「ラボの中での人間関係がよろしくない」「もっと大きな成果を出したい」などの悩みを抱えてこのページに辿り着いているのだと思う。


大学院の進学にあたり研究室を変えるというのは、多少なりとも勇気がいること。
特に博士課程から進路を変更するとなると、3年間や4年間で1から始めるテーマを仕上げねばならず、成果を出すプレッシャーとの闘いも、決意せねばならない。


かくいう筆者も、修士課程からではあるものの、大学院・研究室を変えている。
どのような情報を信用すべきかという点については割と苦労した記憶もある。


以下、大学院の移転を経験した一人として、
大学院・研究室を選ぶ際の5つのポイントを紹介する。