2018年1月21日日曜日

COPD(慢性閉塞性肺疾患)関連のスタートアップ・ベンチャーをまとめてみた

COPD (慢性閉塞性肺疾患)とは


COPD (Chronic Obstructive Pulmonary Disease)という疾患をご存知だろうか。

COPDは次のように定義される。


「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症症状であり,呼吸器検査で正常に復すことのない気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変の慢性気管支炎と気腫性病変の肺気腫が様々な割合で複合的に作用することにより起こり,通常は進行性で推移していく。臨床的には徐々に生じる体動時の呼吸困難や慢性の咳,痰を特徴とするが,これらの症状に乏しいこともある。」

(日本呼吸器学会:COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 第4版
.日本呼吸学会COPDガイ ドライン第4版作成委員会編.2013)





わかりにくい方のために、疾患の概要について簡潔にまとめておく。

・原因の90% がタバコ煙(そのほかは鉱山や工場での有害気体)の吸入である
・有害な煙を10年20年(あるいはそれ以上)吸っていることで発症する
 →40歳以上の人の罹患がほとんど

・我が国では約530万人の推定患者がいる(報告されている)
・日本の死亡原因で毎年10位前後を推移している、世界では死亡原因の第4位
 米国では死亡原因第3位
・日本では毎年約15,000人、世界では毎年約300万人亡くなっている
・肺胞の炎症、気管支の収縮が問題で息切れ、せき、痰などの諸症状がでる


その他COPDの詳細な情報に関しては、
一般社団法人GOLD日本委員会と言う所の作成している
COPD情報サイトに詳しい。





COPDまわりのスタートアップについて


筆者は2015年ごろ、少しだけCOPD治療薬の開発を目指した研究を進めていた。
当時COPDといったら割と大きな問題として取り上げられ始めていて、
新聞やテレビの広告も出始めていた。

ところが最近、禁煙という言葉は嫌という程聞くけれども、
COPDというと、話を聞かなくなった。

そこで2018年、筆者が研究に取り組んでいた頃から3年経った今、
COPD界隈の状況がどうなっているかちょっと気になったので調べてみた。

今回はあえて、治療薬・研究からという目線ではなく、
COPD関連でみられるスタートアップについて調べてみた結果をまとめてみた。



=========目次==========

1. Propeller Health :アプリ連動型吸入デバイス
2. Cohero Health :アプリ連動型吸入デバイス
3. Adherium :スマート吸入器
4. HEALTHYMIZE:電話音声から健康モニタリングするアプリ
5. Liberate Medical:肺呼吸をサポートする電気刺激デバイス
6. Strados Labs :呼吸・心拍のリアルタイムモニタリングによる肺の健康状態管理ができるスマートデバイス

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1.Propeller Health :アプリ連動型吸入デバイス




Propeller Health社は2010年米国初のベンチャー。
彼らが目指しているのは、アドヒアランス(コンプライアンス)の上昇である。
すなわち、吸入薬の飲み忘れ防止である。


アプリに登録して自宅に届くセンサーを吸入器に取り付けるだけ。
これで吸入器とアプリが連動して、自動で服薬管理をしてくれるという仕組みだ。
アプリはGPSと連携して、その日・その場所における
空気のコンディションなんかもお知らせてくれる。

喘息やCOPDの患者は毎日吸入器を使って服薬する必要があり、
飲み忘れてしまうことも少なくない。
実際このデバイスを使って飲み忘れは減っており、
さらに発作を起こす率も減少しているというデータが取れている。

また、医師と連携することによって発作の発生状況なんかもモニタリングでき、
これらのセンサーからとってデータを使った研究もされているという。


蛇足かもしれないが、"Air by Propeller"というAPIも公開しており、
こちらを実装すれば自分が今いる位置の空気が、喘息患者にとってどうなのかを、
good, fair, poor の三段階で判断してくれる。

テキストメッセージ形式やホームページに埋め込み可能なウィジェット形式でも
コードが公開されている。その他IFTTT連携なんかにも対応してくれており、テクノロジーをどんどん取り入れているのが印象的。



2.Cohero Health:アプリ連動型吸入デバイス





Cohero Health社も吸入薬の服薬支援デバイスを作成している。

こちらはPropeller Healthのコアバリューである服薬支援よりは、
喘息やCOPDの病態を管理するといった幅広いニュアンスで
価値を提供している印象を受ける。

提供しているデバイスは測定機とセンサーの二種類ある。


①mSpirometer lung function sensor



こちらはBluetooth内臓でいつでも肺の活動量を測定できるセンサータイプの
測定機で、COPD患者は手軽にFEV1 (1秒率)などといった指標で
肺のコンディションをモニタリングできるようになっている。

なお、このデバイスで得られたデータは
自分の主治医にも送られることになっており、
リアルタイムで肺の状態と発作の発生をモニタリングすることができる。


②HeroTracker® sensors



こちらのデバイスは、ほとんどの吸入器に装着できるようにデザインされた、センサー。
吸入器にこれをつけて服薬するだけで、日々の服薬状況をモニタリングしてくれる。
ほぼ自動で服薬管理でき、これも連携アプリに服薬状況が同期される。

Cohero Healthが提供する価値の特徴の一つは、
こうしたデバイスから得られた情報が家族や介護者などの
身近な人にも共有されるという点かなと思う。


3.Adherium:スマート吸入器





Adheriumはニュージーランドに本社を置くスタートアップ。
こからもやはり、COPD,喘息吸入薬の"飲み忘れ防止"を目的として
スマホアプリ連携型の吸入補助デバイスが開発されている。

デバイスはこんな感じ:Smartinhaler™



にわかに信じがたい実つであるが、
HealthWorksCollectiveの見積もりによると、
世界では毎年50兆円以上もの医療費が飲み忘れなど、
アドヒアランス関連の問題で損失されているという。


COPD吸入薬をちゃんと毎日服用できている人は30 %に満たないほどである。
この点を考えると、COPDなどの慢性疾患領域において
アドヒアランスの問題を解決することは、
病気の進行予防や患者の症状改善の他にも大きな意味があるように感じる。

デバイスはたくさんの種類が開発・販売されている。




ちょうど2017年8月には通算販売台数100,000デバイスを達成するなど、
他のスタートアップと比べてもHPの様子を見ていると
この会社は順調に伸びているように感じる。


この会社がちゃんとやっててすごいなぁって思うのは
アカデミックにもしっかり結果を残しており、
エビデンスに基づいてこの製品を開発しているという点だ。

Smartinhaler™としてすでに14のpeer reviewジャーナルに
デバイスを使った研究が論文掲載されており、小児、成人において
アドヒアランスの劇的な改善効果が見込まれることなどを証明している。

こうしたエビデンスベースの製品開発ってのは
今後もどんどん増えていくと思うし、開発サイドもこれをやっていくべきだと思う。



4. HEALTHYMIZE:電話音声から健康モニタリングするアプリ




次に紹介するのは、イスラエル発のスタートアップHealthymize
2015年にできたばかりでもあり、ホームページには情報が少ないが、
まさに最先端の技術をごりごり使ってる雰囲気の出ているスタートアップ。
2年目3年目にしてすでにシードAラウンドの調達に成功しており、
スタートアップとしてのスピード感は出ていそう。


こちらは電話音声をモニタリングすることで、
自動で健康上の問題を発見してくれるというAIアプリを開発している。

シグナルプロセシング、マシーンラーニングにおける独自の技術によって
"声"と"呼吸"の様子を、電話の通話からモニタリングしてくれるという。


完全に自動化されたクラウドプラットフォームをも構築しているということで、
モニタリングデータをそのまま主治医に提供することによって
健康状態をリアルタイムに、かつ遠隔で管理することができる。


Healthymize社は特にこの技術を用いて、
特にcopdの自宅モニタリングを行い、
憎悪の早期診断、早期治療に繋げ用としている。
これによってcopdによる入院リスクを減らすことが期待される。


COPDの他にも心疾患や精神疾患の早期発見にも繋げていくことが期待される。
すでに国際的なトライアルを始めるところであり、
これからいかに有用性を示していくかが試されるところか。



5.Liberate Medical:肺呼吸をサポートする電気刺激デバイス





2013年にできたLiberate Medical は、医療機器関連のスタートアップ。

これまで紹介してきた企業とはちょっと違い、
物理的なアプローチでCOPDの患者QOL向上と医療費削減を目指す。

SocondBreath(特許取得済み)と呼ばれる機器は、
患者の腹筋を表面電気刺激することで、呼気(吐き出す息)の量を増やすことができる。
COPD患者は気流制限に伴い、息を吐き出しづらくなっており、
このデバイスによってCOPD患者の肺の過膨張を防ぐ。

すでに運動時の息切れを改善することや肺の過膨張を防ぐことを
臨床試験で証明しているという。
現在おそらくFDAの医療機器承認を目指して申請をしているところ。

この会社は他にも肺疾患に特化した医療機器開発を行っているみたいで、
今後の動向に注目したい。



6. Strados Labs:呼吸・心拍のリアルタイムモニタリングによる肺の健康状態管理ができるスマートデバイス





最後に紹介するStrados Labsは2016年設立のスタートアップ。


衣服に装着したり、肌にそのまま貼り付けたりすることのできる
ウェアラブルデバイス、Stradosを開発している。

こちらのデバイスは、独自の音声捕獲技術を用いて開発されたもの。
一回一回の呼吸の様子をモニタリングしてくれて、
それをスマートフォンに連携させ、リアルタイムで肺のコンディションを管理できる。




Strados:非常に小さなウェアラブルデバイス

耐水性を有する・バッテリーが長持ちするなど、
ユーザーフレンドリーを考えた部分にもちゃんと対応されている様子。
また、デバイスは直接肌に触れても大丈夫な生体適合性の高い素材でできているという。



Stradosの製品Webページ

モーションセンサーなんかも取り付けられているこのデバイスは、
健常者を対象とし、普段の呼吸の様子、運動などがモニタリングできるように
デザインされているように思える。

疾患対策として用いるというよりは、肺疾患・心疾患の早期発見という目的で
使用するのが良さそうである。

ただ、健常者をターゲットとしている点では
これまで紹介してきた患者対策のデバイスと異なっており、
Stradosを用いたCOPDの早期発見などは十分に効果を期待できると思う。

実際に開発者もそうした肺疾患の早期発見なんかに
取り組みたいと語っている記事が見受けられた。



総括


COPDのスタートアップ界隈について6つ企業を紹介してきた。

やはり多く見受けられたのは吸入デバイス関連。
吸入薬のアドヒアランスの問題はとても大きいみたいだ。
その他にもCOPD患者が「適切にデバイスを使っている」割合が
ほんの10%程度だという記事もどこかで見た。

誰でも・適切に使えるようなデバイスも、今後求められてくるのかもしれない。


調べている中で感じたのは、
我が国でCOPDが大きく問題に取り上げられ始めたのは2012年ごろから2015年くらい。
2015以降からはなんとなくCOPDの論文とかも横ばいな感じがするし、
出てきているサービス・取り組みなどもいまいち2016以降は見つけにくかったりする。
また、既存のサービスでもなんとなく2015で止まっている感じがする。

今回紹介した企業の、HEALTHYMIZE(2015~)Strados Labs(2016~)などは
その中でも新しく出てきているサービス。
これからもCOPDに対する取り組みが重要視されていくことは間違いないが、
トレンドとして2018にバチっとくるかどうかはちょっと判断しかねるといったところだ。

Adheriumなんかはちょっと古いけど着実に
サービスを拡大させている点で評価でき、また今後の動向に注意したいと思う。




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参考文献

1.COPD in Japan: the Nippon COPD Epidemiology study, 
Fukuchi YNishimura MIchinose MAdachi MNagai AKuriyama TTakahashi KNishimura KIshioka SAizawa HZaher C.Respirology. 2004 Nov;9(4):458-65.
DOI: 10.1111/j.1440-1843.2004.00637.x








2. Global strategy for the diagnosis, management, and prevention of chronic obstructive pulmonary disease: GOLD executive summary. 
Rabe KF, Hurd S, Anzueto A, et al
Am J Respir Crit Care Med 176: 532-555, 2007. 

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参考URL
<COPDについて>
新しいガイドラインによるCOPD治療薬
https://www.jstage.jst.go.jp/article/orltokyo/56/5/56_269/_pdf

<厚生労働省 人口動態統計>
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1a.html

<COPD情報サイト>
http://www.gold-jac.jp/

<アドヒアランス関連での医療費損失>
https://www.healthworkscollective.com/medication-non-adherence-290-billion-unnecessary-expenditure/
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関連書籍


COPDの教科書: 呼吸器専門医が教える診療の鉄則