2020年12月16日水曜日

2020年の内省024_12月03日 - 12月15日: 学位論文Minor Reviseで返ってきた! 実る成果はすぐそこだがしかし...ー暗剣殺に気を付けて、来年一年に備えよう。

先日、四柱推命の先生に未来のことだとか
住まいのこと、生活のこといろいろ教えてもらいました。

来年は9-10年に一度回ってくる願ってもみない大吉年らしいです。
しんどかったのがようやく、、少しだけ報われると考えると方が軽くなった。

しかしながら、慢心は禁物とのこと。おごり高ぶったり調子に乗った行動をとると信頼・与信をうしなってしまうらしいです。したがって、2021年は次の一年に向けた下積みの年にするのがいいだろうとのこと。強かにしたためたい。

また、次のアカデミアでのポストは東西南北いろんな方位をみてみたところ、東か北に拠点を置いた方がよさげだとのこと。また、埋もれてしまわないようにするためにも身をうずめるのは1年程度。

今年に負けじと、来年も忙しい一年になりそうである。
今年は自分のために比較的多くの時間を使えたけれど、来年はそうはいかないのだろうか。


四柱推命とかはあくまでも統計。
参考までにということではありますが、意思決定の指針にはなる。
【これをしたら絶対やばいよね】ってところだけは避けて次の道に進みたい。


一石五鳥の積み重ねで、時間効率は累乗倍よくなる。
では、この2週間を振り返ります。


先週のおいしかったもの


2020年12月6日日曜日

中国伝統医学 (中医学, TCM)のお話

中国伝統医学のお話


ややもすると少し怪しなイメージを抱かれがちだが、本当にそうだったのだろうか。
効かないという証拠がないことは、効かないことの証拠にはならない。
(The absence of evidence is not the evidence of absence.)

代替医療といった言葉も出てきているが、今やいつの間にか西洋医学・RCTが神格化されてしまった。でもまてよ、人の生命を観るには、多角的な視点があってもいいはずだ。

西洋医学以外の型で人を見つめることは悪なのだろうか。
「球」を同じ方向から見ていては、誰にもその反対側が見えなくなる。

アートと医療の交差点

◆: アート×医療のプロジェクト記事(メディア)
●: プロジェクト例
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【ホスピタルアートを実践している病院】

亀田総合病院
北原国際病院
成育医療センター

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Lopes-Júnior LC, et al. Effectiveness of hospital clowns for symptom management in paediatrics: systematic review of randomised and non-randomised controlled trials. BMJ. 2020 Dec 16;371:m4290.

急性および慢性疾患で入院中の小児および青年期患者を対象に、ホスピタルクラウン訪問がさまざま症状にもたらす効果を系統的レビューで検討。ホスピタルクラウンによる介入を標準治療と比較した試験24件(1612例)を解析対象とした。
 その結果、検討対象とした症状は、不安が最も多く(13件)、次いで疼痛(9件)、心理的・感情的反応および幸福・満足感(4件)、ストレス(4件)、がん関連疲労(3件)、泣くこと(2件)だった。5件ではホスピタルクラウン訪問後のストレスまたは疲労をバイオマーカー(主にコルチゾール)で評価していた。バイアスリスクについては、無作為化試験11件、85%)が懸念あり(some concerns)、2件が高度(high)、非無作為化比較試験6件 、55%)が中等度(moderate)と評価された。以上の試験では、ホスピタルクラウンが訪問した小児および青年期患者では、保護者の同伴、不在を問わず、さまざまな医療処置の中で不安が有意に軽減し、心理的適応も改善した(P<0.05)。慢性疾患を評価した3件でも、ホスピタルクラウンの訪問でストレス、疲労、疼痛、不安が有意に軽減した(P<0.05)


京都造形芸術大学は京都府立医科大学附属病院との産学公連携プロジェクト
として、ホスピタルアートプロジェクト「HAPii+2018」を実施しました。

今回学生がホスピタルアートに取り組んだのは、同センターの「陽子線治療室」と治療室への通路。

遂に「エデュテインメント(edutainment)」という、本プロジェクト全体のテーマを導き出しました。(「エデュテインメント」とは、教育(education)と娯楽(entertainment)を掛け合わせた言葉で、楽しみながら学ぶことを意味します。)

施工のテーマは「宇宙船病院


またホスピタルアートの関連グッズとして、「プロトンズ図鑑(スタンプコレクション冊子)」と「キャラクタースタンプ」を制作。治療を受ける子どもたちに「プロトンズ図鑑」を配布し、治療ごとにスタンプを押して図鑑を完成させるというものです。




*「陽子線治療室」:日本国内でもまだ十数か所しかない最先端の医療センターです。


◆20.10.10. 本当は合格していた医学部入試――「年齢で弾かれた」男性はいま
https://news.yahoo.co.jp/feature/1823
アートと医療の交差点では患者視点でこれまで議論することが多かったですが、医療者側が抱く葛藤や違和感とその解消と社会への提示へ音楽を使われています。

◆ 21.07.15. 
93歳がアデルを。高齢者ホーム入居者たちが、名作アルバムのジャケットを再現したわけは...



●TOMODACHIアラムナイ地域フレームワーク関東地域チームB「ウェルカム・イベント」:長期療養患者が受けている「治療以外のケア」について学ぶ 20.07.30.
小笠原 滉子
http://usjapantomodachi.org/ja/2020/07/32635/

・新型コロナウイルスの感染拡大で私たちが経験した外出自粛や感染予防の徹底が、長期療養患者の日々の生活に近い
・「患者が普段感じていることを少しでも理解するためにこの場を設けた」
・実習の経験から、病院における患者さんの社会生活について、医療以外の側面から考えたい
(→「医療以外」ってどういうことやろう?)・長期間療養患者が受けている「治療以外のケア」について
・ホスピタルクラウニングの矢野陽子氏、「星つむぎの村」の髙橋真理子氏と跡部浩一氏の講演
・「おうち時間なにしてた?から考えるわたしたちができること」というテーマでグループディスカッションを行い、さらに、新たに見つけた楽しみ方から患者を応援できそうなことは何か、自由にアイデアを出し合いました。「花など自然に関するものや香りなどを用いてリフレッシュしてもらう」、「オリジナルの旅番組を作成してみる」、「オンラインでできるアクティビティを通じて交流」「地図アプリを用いたバーチャル旅行体験」など様々なユニークなアイデアが生まれました。


21.01.27. 
2月4日は「世界対がんデー」がん教育漫画のプロジェクト(by関西文化芸術高等学校)
会社をプロボノとして巻き込んでいる。...が、これは高校生が相手だから持続可能なのかも
スケールはしないだろうなぁ。

●子供用のプレイルーム・AYA世代
子ども用にプレイルームを作っている病院もある(NCGMなど)。小児看護学の中で「遊び」というものはとても大きなウェイトを占めています。それは、小児の発達という観点からそれが必要不可欠であると考えているからです(遊びは、子どもにとっての仕事である)。

精神科なんかでは、作業療法というものが用いられる事もありますね。認知症患者の中には塗り絵と物凄く相性がいい人がいるらしいですが、他にも色々あるかもしれません。統合失調症の患者が描く絵は、なかなか刺激的ですよね(草間彌生は統合失調症患者ですよね)。

さて。病院は「高齢者」のために作られています。そして「小児」のためには様々なアート作品やおもちゃが既に用意されています。
→「同じ病棟に同世代の人が居ない」という事が、AYA世代の患者にとっては大きな障害となるようです。人は居るけれども圧倒的に孤独である状態。

・最近はAYA世代専門病棟を作っている病院もあるそうですね。静岡県のがんセンターは流石と言うべきか、国内ではじめてのAYA世代病棟を開設していました。
大阪市立総合医療センターにも、AYA世代専門病棟が開設された。
スペックとしては
(5)病床数 27床
(6)設備
プレイルーム用テーブル及び椅子、ソファ、本棚(本)、テレビ、 楽器(ミニピアノ、ギター)、ゲーム類、おもちゃ(プレイステーション含む) 等
(7)目的
AYA世代に特化した医療的、心理社会的支援を有効に行うことができる。
患者さん同士の年齢が近く、ピアサポートが醸成されやすい。
年齢にとらわれるのではなく、よりそれぞれの疾患に適した医療チームが診療にあたることができる。
「Bright café」(注)や個室の整備等により家族や友達と気兼ねなく会うことができる。
(注)「Bright café」とは、プレイルームの事で、「輝く心」を意味します。長期入院されている患者さんやそのご家族やスタッフからの案の中から選ばれて決定しました。

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●ぐるんとびー
https://www.grundtvig.co.jp/

●ReDo
http://redo.co.jp/

●シルバーウッド
https://www.silverwood.co.jp/

●銀木犀
http://www.ginmokusei.net/

●はっぴーの家ろっけん
https://www.facebook.com/rokken.happy.home/

●コレクティブハウジング
https://chc.or.jp/collective/index.html

●社会的処方研究所
https://community.camp-fire.jp/projects/view/77042

●プラスケア
https://www.kosugipluscare.com/

●まちけん
https://www.ynsmachiken.net/

●YATAI CAFE
https://yataidekenko.com/

●南生協病院
https://www.minami-hp.jp/

●全日本仮囲いアートミュージアム
http://www.karigakoi-art.com/

知的障害を可能性と捉える。
福祉を起点に社会実験を。

アソブ、フクシ。

1. 福祉領域を、拡張しよう。
2. 多者の視点で、思考しよう。
3. クリエイティブに、はみだそう。

義手に関するオンラインのグローバルコミュニティ.
20k人が100カ国以上にいる

インスタのフォロワーは6000人くらい(21.01.,現在)
https://www.instagram.com/enablethefuture/ 

赤羽美和氏.
・スウェーデンの1%ルール:
1930年代から公共建築をつくるときに全体予算の1%をアートにあてることが法律で定められている。
・JAM: ワークショップ. 言葉の発言を禁止しつつ、ドローイングを通じて参加者同士が対話する.同じ職場で働くスタッフ同士でやる
 
この授業では、まず生命科学や医療をテーマにしたアートに触れ、その作品について考察・対話を行います。その後、自分の問題意識や普段感じていることから作品を構想し、実際に創作を行います。

創作した作品を皆の前でプレゼンテーション
藝大生やプロの芸術家の助言を受けて創作した作品を、他の実習グループとの合同発表会でプレゼンします。コラージュや写真、楽曲など多様な作品を通じて、自身の考えをアウトプットする訓練になります。

作品を創り上げるのは骨が折れますが、自分と向き合い、考えを深める経験ができます。また、普段なかなか話すことのない「生命」「倫理」といった漠然としたテーマを語り合う貴重な機会にもなります。

「生命・医療とアート」は4年次の公衆衛生実習(必修)の一部として2012年に開講されました。開講当初は本課題を選択した学生は4人でしたが、現在では希望者も増え、10~12人が受講しています。

生命科学や医療技術の発展により、医師に求められる人間性や倫理は複雑性を増しています。しかしそれは医学教育では充分に学ぶことができていません。医学部では学ぶべき知識が多い一方、創造力や表現力を訓練する場が少ないからです。そこでこの実習は、生命科学や医療の問題について新たな角度で捉え直し、創造力と表現力を磨くことを目的としています。

実習では、まず導入として既存の生命・医療に関するアートを鑑賞し、それについて対話を行います。学生の中には普段アートに触れる機会を持たない人もいるので、ここは丁寧に行っています。続いて、作品のアイデアを出し、東京藝術大学の院生やプロの芸術家の創作指導を受けながら、実際に作品を創作します。最後に、他の公衆衛生実習との合同発表会で作品をプレゼンテーションします。

この実習では、アートという明確な答えのないものを通じて、曖昧なことに向き合い、言葉で表現できないものを表現する訓練ができます。「生命について」といった複雑かつ漠然としたテーマについて、作品創作を通じて自分の内面と向き合い、他人の作品を見て対話し、考えを深めていく。こうした機会は、他の授業ではなかなか得られません。

医師になれば、正解のない複雑な選択をしなければならない場面が必ず出てきます。この授業を通じて、単純化できない状況や複雑な問題ともしっかり向き合える人間になってほしいです。
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参考文献
1.
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参考URL
<●●について>
次のURLを参考にさせていただきました。
・ホスピタルアート
https://hwithd.tumblr.com/
https://www.axismag.jp/posts/2017/07/78608.html
https://www.axismag.jp/posts/2017/07/78583.html
https://www.miwaakabane.com/workshop/156/
https://www.miwaakabane.com/archives/413/
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関連書籍

ALS 嘱託殺人事件@京都

20.08.23. (個人的にこの記事での指摘はとても重要. )

死にたいと思っている人がいて、それを助ける人がいる。その構造は共通している。
・安楽死の法制化を言う人は、「助ける」度合いや条件をルール化して「ちゃんとした」制度を作ろうと試みるが、そもそもの構造が間違っている、とまず指摘しておきたい。死にたい人を助けること、それ自体がダメだ、と。


 ― 自殺する自由、死ぬ権利という言い方もある。では、その自由がない人、権利を行使できない人はどうするのか。例外的に「死を助ける」ことはあり得るのでは?

→ 自殺の問題から考えると良いかもしれない。「死にたい」という人はたくさんいるが、「死ねる」制度やルールを作るべきだろうか。社会としては「死にたくてもやめなさい」という立場を取るべきだろう。穏当な建前論に聞こえるかもしれないが、こうした建前は意外に大切。
 ただ、自殺の場合は、制度化されていなくても実行できてしまう。実際に年間2万人近い人が自殺で命を失っている。そうすると、他人の助けがないと「死ねない」というのは不平等、不公平だという言い方は確かにできる。だから、あえてこう言ってもいい。自殺ほう助はあり得る。死を助けることはできますよ、と。私は「死の権利」を100%認めないわけではない。ただ、助けたいのならば、罪に問われるぐらいのことは覚悟すべきだ。
 自殺ほう助に対して一定の刑罰を科すことに合理性があるのは間違いない。歯止めがなくなると、手伝いたい人、商売にしたい人が出てくる恐れがある。

― 究極的には個人の決断であり、社会制度として作るべきではない、と。

 立岩 そもそも法制化を掲げる人は、究極の状況を「改善」するために議論しているわけではない。そうしたケースは一種の方便として語られるだけで、本音は「命の選別」を進めたい。だから、極めて例外的な状況に対しては、あえて「罪を覚悟したら可能だ」と反論しておく。
 付け加えておくと、自殺ほう助に医師が関わるべきではない。命を助ける仕事、人を生かすために働く人が、殺すことを引き受けるのはリスクが大きい。

「死にたい」と思い、言ってしまう状況の改善を優先すべき、というのが私の考え。「死ねる」条件を探すのではなく、死にたくなる状況が何に由来しているのかを考える。社会の対応が不十分なまま、いろんな手が打てるのにサボったまま、「死にたい気持ち」に応える制度を実現してあげましょう、というのは順序が違う。
 「死にたい」と思う多くの人は同時に生きたい人でもある。死なずに済んだはずの人がたくさんいる。「死ねる制度」ができると、命はより多く失われていくだろう

困難な状況で生きている人に対して、「わたしはあなたの状態が死ぬほどイヤです」というのは、相当強い否定だ。
 例えば、なんでもいいですよ、「私がもし黒人として生まれたら、生きていられない、死んじゃう」とかね。相手の属性・状態を、命という非常に重いものと比較して、それに劣ると指摘するのは犯罪的だ

 ある状況を指して「自分ならこうしたい」と公言することは、常に他人を傷つける恐れがあることを意識するべきだ。自らの死について将来の望みを家族や病院の人に打ち明けることと、SNSなどで「自分はそうならない」ことを知った上で「そうなったら死ぬ」と書き込み、公言することはまったく違う。


● 「安楽死」要望、周囲に知らせず 支援者ら、今も受け止めかね ALS患者嘱託殺人事件 20.07.30.
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/315476

家族も周囲の支援者にとっても、寝耳に水の出来事だった。
まだ人工呼吸器の装着を急ぐ段階ではないし、呼吸苦を取るための緩和医療を濃厚に行うべき段階でもない、とのことだった。
ーSNSのアカウント名は家族にも誰にも教えてなかった。 (当然)

 ◎社会共通資本があったほうが生存できたのがもしれない。
  死に追いやるまでに、相談できるという心理的垣根(閾値)の存在?


ゆみこさんのFB記事から

「家族が無理やり延命してしまうなどといわれますが、ALSの場合はその逆で、むしろ家族が呼吸器装着を認めないことがあります。それは患者の生存が家族にとって長期にわたる多大な負担になるという構図があるからです。家族にとって患者の生存が脅威になるようなら、家族関係を整理して患者の真の自己決定を実現するようにします。」


「人間には、なんとしても目前にいる人の死を避けよう、救命しようとする本能があり、人間性の最も尊い部分をつかさどっているのです。たとえば他人がホームから転落して電車にひかれそうだったりすると、我が身を捨てても助けようとすることがあります。しかし、昨今は死をタブー視せず、「自然に」看取ることに慣れなければならないといった風潮があります。この「自然」が曲者で、それは一歩間違えれば、救えるかもしれない命をあえて見て見ぬふりをして死なせてしまう、という過ちにつながりかねないものです。では、どうしたら他者を傷つけずに自己決定で死ねるのか、ということですが、やはりそこには「患者の権利」が確立されていなければならないのです。

 

 死をタブー視せず、自然に看取ろう、自己決定でなら死んでもよいなどとする風潮を省みぬまま、「死ぬ権利」を法制化して不治の病人に限った特権にすると、私たちは次々に老い衰えた人々を死に廃棄することになり、「何とかして救わなければいられない」という人間性の最も重要な部分を捨て去ることになると思うのです。」

 


● 毎日新聞 20.07.26.
生命倫理や死生学を専門とする安藤泰至・鳥取大医学部准教授(59)は、「治療を担当してもいない患者を殺すのは、安楽死ではない」と述べ、今回の事件を安楽死の是非についての議論に結びつけることに懸念を示す。

ALS当事者で医師の竹田主子さん(50)による寄稿

この診断を受けて平気な人はいないでしょう。大きなショックを受け、自分が無力で価値のないものに思えます。ALSのようにどんどん身体が動かなくなるのは恐怖ですし、治らないとなると人生に絶望し、死にたくなります。

この事件は二つの要素があります。
一つ目は自殺願望の人間の呼びかけに応じて、ゆがんだ思想を持った医師が、金銭目的で殺人を行ったこと。二つ目は病気を苦に、自殺したい人がいることです。この二つは分けて考えなければいけません。

こうした明らかに倫理観が欠如した医師を生み出さないシステムを考えないといけないと思います。

 厚生労働省によると2019年、自殺の理由で一番多いのは健康問題で、9800人以上が亡くなっています。では、今回の事件のような、健康問題を抱える人と自殺したいほど悩んでいる人を、全員法律で自殺可能にしていいのでしょうか?


【Discussion】
そもそものこの事件の論点はどこにあるのか?

● 物質的豊かさに"生きる意味"を見出せない時代背景
 「人」はお互いが相補に何かを補完しながらでないと、生きていくことは容易くない。
 死という選択が昔より身近になった理由がどこかにあるはず。

 ー家族関係の希薄化
 ー生きる意味を考えるゆとりのなさ
 ー価値観自体の多様化
 
● 自殺したいと思える人がいる、という事実

●安楽死報道や優生思想報道があったけれども、これらはまたちょっと別の議論かな。



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参考文献
1.
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参考URL
<●●について>
次のURLを参考にさせていただきました。
・参照日 2020年12月6日
https://mainichi.jp/articles/20200730/k00/00m/040/100000c
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関連書籍

2020年12月5日土曜日

人生の葛藤:他人に評価されたいから進むのか vs 証明したい仮説・やりたいことに向かって進むから評価されるのか

業績振るわないしキャリアも決まってない自分


11月は本当に苦しくて仕方のない日々が続いていた。
その理由があんまりわからないけれど、今日、慶應時代の同期(今はとある会社でコンサルちっくな業務してはる)と話してそれがうまく言語化できた気がする。

なぜ苦しいか。単純化して言語にすると、
【他人から評価されないから】だと思う。

11月は研究費も2個くらい落ちるし、
プレゼンコンペはいい結果出ないし、
論文もあまり日の目を浴びないし
...って感じで落ち込んでいた。