2020年4月25日土曜日

新型コロナウイルス(COVID-19)蔓延を受けて、大学院生がアカデミアの研究所でどのような影響を受けているか

人々がどれだけ社会の変化を恐れようが、自然はいつも正直だ。
気づけばもう、葉桜の季節。今年も自然はいつもと同じ顔を見せてくれる。


さて、私は京都府内にある大学院医学研究科の学生で、普段は移植にかかわる技術を開発している。いわゆる基礎研究だ。俗世とは隔絶された田舎(宇治市)に拠点を置き、毎日研究室と家(Door to Door 徒歩5分)の往復をしている。メインキャンパスではないせいか、世間の騒ぎに比較してほとんどコロナウイルスの影響を受けずに過ごせていた。
それが先週頃になってようやく、大学・研究所側の対応も始まり、私自身としても身をもって感じるところが出てくるようになった。そこで今回、「大学院生」という視点から、アカデミアや研究所といった特殊な世界における活動縮小・研究所封鎖等の対応の影響について省察してみたい。







0. 私たちの研究所におけるCOVID-19対策について

産業を皮切りにことごとく活動を縮小・休止している中、私の所属する研究所だけは4月下旬に至るまで、ほとんど普段と何ら変わりのない対応で動いていた。

・ようやく今月中旬15日に研究所内での対策室が設置
18日に大学が活動レベル制限を引き上げ
先週(20-24日)になって研究室レベルで小さな活動制限が始まる
 研究所の方針としては、各研究室の行動指針はPI(教授)に委ねるとしている。


世間の動きと比較してしまうと、私の所属する研究所が2週間くらい周回遅れで対応しているような所感だ。以下に詳細な研究所/ 研究室を取り巻く動きを過剰書きにしておく。興味のある人のみご覧いただければと思う。

【3月以降における私たちの研究所の具体的な動き】

- 3月3日 :
・トレーニングルーム(学生・スタッフらが利用できるジム)の使用禁止
・公共に開放しているハイブリッドスペースを、本学利用者のみに制限

- 3月4日:
新型コロナウイルスに対する本学の方針について(第4版)発行
・海外渡航に対する制限が厳格化
・試験への対応, 感染した時の対応などについて
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/soumu/news/2019/200304_1.html

- 3月6日:
新型コロナウイルスに対する本学の方針について(第5版)発行
・海外渡航に対する制限がさらに加わる
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/soumu/news/2019/200306_1.html

- 3月27日:
・大学院の副専攻課程における春学期4月分の授業の休講措置.
・新型コロナウイルスに対する本学の方針について(第5版)発行
 → 全世界に対する海外渡航の自粛要請

- 4月1日:生協食堂より、時差利用(部署ごとでの優先時間帯の設置)の推奨通知
- 4月2日
・例年実施している学生の健康診断を実施せずに、WEB問診のみの特別措置とする
・男性のシャワールーム, 女性の休養室の使用禁止

- 4月6日:共用施設(テニスコート・ラウンジ)の使用停止
- 4月10日:
・23日に予定されていた学位論文調査委員会(公聴会)が無期限延期となる
(社会人博士の学生への影響)
・研究室内で、液体窒素の充填に関する方針変換:大学構内への立ち入り禁止を想定し、細胞凍結用のタンクへ常に満充填の状態を保つようにする。

- 4月11日:研究室内で執り行っている定期ミーティングを全てZoomでの開催に切り替え
- 4月13日:公共に開放しているハイブリッドスペースを、完全閉鎖(当分の間)
- 4月15日:
・キャンパス内図書館の臨時休館
・月一で行われる実験廃棄物収集が中止される
◆研究所内でようやく対策室が設置される(下記のような要請が出される)
1) 所外訪問者の受け入れの自粛2) 不急不要の出張等の自粛3) 対面グループミーティングの自粛4) 学生の自宅待機・自宅学習 (PIの判断)5) 教職員のテレワークの推奨 (PIと化学研究所担当事務の了承が必要)
- 4月18日:
・生協食堂の土曜日閉店(5月6日まで)
◆全国的な緊急事態宣言の発令にともない、京都府からの「施設制限の要請」を受け、京都大学は「新型コロナウイルス感染拡大防止に伴う活動制限のガイドライン」のレベルを2からレベル3に引き上げました。
レベル3の段階では、研究室やキャンパスの立入を禁止しているわけではないものの、下記のような事項が推奨される.
・極力外部や他人との接触を避けて、家でできることは家でするようにしてください・研究室での作業は、どうしても緊急性の高いもの、続けなければいけないことを優先し、その他はよく考えて行ってください。突然レベルが引き上げられることも予想されます。

このような通達がなされつつも、依然として研究室メンバーはいつも通り10:00頃に集まって, 19:00頃に帰宅みたいなペースは変わらず. つまり平常運転.


- 4月22日:キャンパスセキュリティ対策として出入り口がオートロック対応(夜間・休日対応)となる。つまり、学生証や職員証(IDカード)なしに出入りができなくなる。

- 4月23日:
・試薬, 機器の業者への発注方法の変更:発注・納品のとりまとめ(コンタクト量の削減)

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1. 卒業 / 生活との闘い


 ◆博士課程の学生は卒業がかかっている


自身の研究室にいる学生は多くが外国(アジアがメイン)からの留学生だ。いい論文を書かないと一流の研究者にはなれないし、そもそも京都大学なんていう日本の最高学府での学位に値しないと考える視座の高い学生も多く、普段から土日を問わず研究・実験に励む者も少なくない。

それでもやはり3, 4年といった期間で基礎研究で学位を得るのは難しく、半年〜1年くらい延長してしまうこともよくあることだ。そういった常日頃から厳しい環境の中、研究活動をもし止められようことなら、学生のメンタルに降りかかるプレッシャーたるやとても大きい。

実は私自身が今年ちょうど博士課程最終学年で、夏から秋頃にかけて論文をsubmitしなければ卒業できないというとてつもなく大きな圧力のもと、日夜実験に励んでいる。「もしかすると研究所が強制閉鎖かもしれない」という言葉を大学の教授から聞いたときは、文字通り冷や汗をかいた。一応体裁的には連休明け5月6日までの活動自粛が多いようだが、現状を見ているとこれは延長されると見て間違いないだろう。

そうなるとおそらく、一度閉鎖されればそれが最後、「いつ再開されるかわからない」といった状況で日夜過ごさねばならない。1,2週間の閉鎖であればギリギリ溜まっている執筆業務や次の実験へのアイディエーションに費やせようものの、論文を書くには1にも2にも実験データがなければ話にならない。そのような中で実験ができなくなることは、精神衛生上、非常に大きなダメージを受けることになることは容易に想定される。

おそらく私以外にも同じような状況を抱えている学生は多いだろう。そうであれば、大学院生のメンタルヘルス的な問題は世間にスポットこそ浴びないものの、大きな大きな社会の闇となってアカデミアの中を蝕むことになるかもしれない。
私の研究室は依然として稼働しているためまだいいものの、どうやら他大学や本学内においても研究室の活動レベル縮小や閉鎖は徐々に広がっているようだ。

他大学をみると、東京大学を皮切りに国内の有名大学が研究活動の縮小に切り出し、完全に学生の活動を制限するといったところもいくつか見受けられている。

4月23日時点、試薬業者(研究所内を点々を巡回しているため、各研究室の事情に詳しい)と世間話をしたところによると、私たちの研究所内においても平常運転している研究室は私たちの研究室ともう一つだけだという。他の研究室はメンバーを2班に分けて活動を1/2にする(今週はA班、来週はB班みたいな)といった対応をとったり、もう教員以外は来校禁止にしていたりするようだ。


このような状況なので私も「いつ活動できなくなるのかわからない」といった心算で実験系を組んでいる。他の学生を見てみても、平時よりもむしろ活発に実験をし、「今のうちに少しでも進めておこう」といったような気概が感じられる。


いい悪いをの話は抜きに、卒業のかかっている学生に対して、指導教官もやはり、きつくは「来るのをやめろ」とは言えないだろう。私自身も一度直接教官から自粛を要請するような言葉を投げかけられたが、卒業もかかっている旨を相談して以来はあまり何も言ってこなくなった。



 ◆経済事情:意外なのはお金が止まっていないこと


 生々しい話で恐縮だが、大学院生の生計に関する事情は深刻だ。私の知っている学生の中でも、生活保護受給していてもおかしくないような生計の中で勉学や研究に勤しむ学生が何人もいる。

さて、世の中ではすでにリストラや減給といった経済活動に影響が出始めているものの、大学内部の給与体制は今のところ影響を受けていないようだ。

幸い私も大学院生の身でありながら、リサーチアシスタントとして研究所から小さな雇用を受けており、これも生計を立てる上では貴重な収入源となっている。(私の場合、親からの扶養を外れて学生生活を営んでいるので親の経済支援はない。)他にも、高校生に対する出前授業なども行なって大学から収入を得ているが、こちらも今年はオンライン授業という形で対応するといったところで完全打ち切りにはならずに済みそうである。

※ただし、やはり研究所の閉鎖となると雇用も一時中止措置となることが想定されるので、やはり安心はできない。


これらの大学からの収入が減収にならずに済みそうなのは大学院生活を営む上では非常に大きな励みとなる。(もちろん、欲を言えば自営業者などと同様の扱いで国からの補助なども受けられるようにしていただけるとありがたいとは思うが。)


2. キャリアとの闘い


アカデミアの中での人材(アカポス)事情はどうだろうか。
今年卒業する私は将来の進路として、海外での研究員(ポスドク)を志している。

渡航制限さえかかっている世の中なので想像に難くないだろうが、やはり海外ポスドクの就職は凍りついている。そこかしこで新規ポストの募集は打ち切りが続いている。日本の就活(新卒)事情に目を向けてみてわかるのと同じように、相当数のラボが新たなポスドク雇用を打ち切っている。(ちなみにポスドク雇用には約1,000万円かかると言われていて、その金額を拠出できるPI(主任研究者)はそもそもなかなかいない。)


このような中で私は自身の将来を切り拓いていかねばならない。誰のせいでもないが、ただでさえ競争の激しいアカデミアポストにちゃんと腰を据えられるかという不安は以前にも増して大きな大きな重荷として降りかかってきているのは正直な気持ちだ。今は1年くらい回り道しても仕方ないと思い込むことで、気楽にやっていこうと思っているが、やはりそういうわけにもいかない事情もあるし、1度きりの人生思い通りになるに越したことはない。

結論から言えば門が狭くなったところで「結局やるしかない」のであるが、「さて、どうしたものか」というのが本音である。


3. アカデミアを取り巻くステークホルダーからの影響


コロナウイルスの蔓延を受けて、その他小さな影響はアカデミアにも出始めている。例えば、試薬や機器の購入についてだ。

通常、私たちの研究室には毎日複数業者(営業マン)が出入りして、研究室からの新たな試薬等の発注ぼから受注を行なったり、受注を受けていた製品を研究室メンバーに納品したりしている。例えば、よくある消耗品だとその日の午前に発注したものを午後には持ってきてくれたり、今日注文したものが明日届いたりと実験がしやすいように業者さんはいつもとても親切に対応してくれる。

今回の影響を受けて、試薬の業者さんは当然、テレワークを推奨したり対面営業の自粛といった対応をとり始めている。そうなると研究室には若干の不都合が生じ始める。業者さんの出入りが少なくなると、こうした受注から納品までにかかるタイムラグ(リードタイム)が大きくなり、実験スケジュールに多少の影響が出始めるのである。

加えて、物流・ロジスティクス側の影響を業者さんが受けている。つまり、試薬を発注したとしても、業者さんがその製品を納品するまでに時間がかかってしまうといった影響も受けている。筆者も一度、これまでなら2,3日で届いていたような品が2週間くらいかかりますと言われ、打撃を受けた。


その他、小さなところで私たち研究者を支えてくれている設備が閉鎖したりと影響がで始めた。食堂の土曜営業閉鎖に始まり、図書館・トレーニングジム・テニスコート・ラウンジと言った共同設備も先週くらいから一気に閉鎖が続いた。
それに伴ってではないだろうが、学生やスタッフの出入りも先週から一気に減ったように感じている。

研究室のオフィスグリコなんかも止まり、小さなリフレッシュスペースが失われた気分だと呟いていた学生もいた。


なお、現状私はこうした影響を仕方ないと受け止められている。単にアカデミアの状況を具体的に描写しようとしたまでである。総じて、モノや場所の使用・出入りが大きく制限を受け始めているものの、研究室メンバー(ヒト)は平常通り出入りしていると言ったところで、組織上の打撃はそれほど感じておらず、小さな小さな影響がだんだんと出始めている、というのが本日時点での現状だと思う。


4. その他


 その他、ここ1,2ヶ月で起きたCOVID-19関連で思っているところを。

 留学生が帰れなくなった


 3月に修士課程をめでたく修了したものの、そのまま帰れなくなった学生がいる。とてもおしゃべりが好きな明るいペルーからの留学生だ。

彼女は2月に公聴会を修了しており、3月はほとんど帰国の準備や卒業旅行チックなことで楽しんで過ごしていて、研究室内のムードとしても「おめでとう」と言った雰囲気があった。

ところが3月末、ペルー側が入国体制を制限したせいで彼女のフライトは急遽ストップとなった。フライトの直前の出来事であり、すでに2年間契約していた賃貸は契約満了で、4月からの彼女の住まいが突然失われるといったことがあった。帰国難民である。


二週間くらい彼女は友人の家に居候などしていたが(当然その期間は感染リスクも高かっただろう。。外務省や大学は公共の宿か何かを手配すべきだったのでは?)、比較的迅速な大学側の対応により、現在は大学所有の学生寮に住まいを置いているとのことだ。


帰国後は自身でフードビジネス関連の起業をしたいと意気込んでいた上、パートナーの住まいも南米と聞いているので残念で仕方がない。彼女が早く帰国できるようになることを祈っている。

やることがなくなったという彼女は今日も、研究室にきて今度は新たな実験を立ち上げている。


 謎の矛盾:研究して薬開発しろと言いながら研究所を封鎖せよと.


 京都府から、京都大学は研究活動の自粛と言った「活動制限の要請」を受けている。一方で、世間様からすれば、大学や製薬会社は今回のCOVID-19に対するワクチンや新薬開発を大きく期待されているわけであって、安易に研究活動を停止するわけにはいかないといったラボも相当数あると思う。

実際、本学でもこの新型コロナウイルスに関する研究を早々から立ち上げようとしている研究者がいたりと、使命感に根ざした実行力でもって社会貢献をしようとの雰囲気も感じられる。

とても簡単に言ってしまうと、
「医薬品開発やウイルスの研究を進めてほしい」と言った意見と、
「活動制限するから研究するな」と言った意見とが渦巻いていて、
アカデミアや製薬会社はこうした板挟みに対処していかねばならないのだなぁと少し感じている。

個人的な意見としては、研究しないわけにはいかないと思う。
ただ、世の中こうした矛盾だらけだと思ったので、一つその構造を提示してみたまでである。
 

 差別チックな話;電車通勤と車乗れよ

 
 一度、研究室の指導教官から、「電車通学している人は来ない方がいいんじゃないか」と釘を刺されたことがある。私が宇治市に引っ越す前、しないから電車通学していた時のことだ。

「それかA先生の車に乗せてもらって帰ったらどうだ?」なんてことも言われた。おそらく大学の都合上、緊急事態とはいえ、教員の車に学生が乗せてもらうと言ったことは今の時代かなりグレーなところだろう。(事故が起こった時の責任問題などがあるため)


指導教官の言い分も十分すぎるほどわかる。電車はじめ、公共交通機関は、多くの人が密接にコンタクトを取る可能性が大きい上、つり革や手すりなど、複数の人が触れる可能性のある場所だって多い。ウイルス感染リスクが少し高まった場所であることは間違いない。

その一方で、活動制限を「電車通学しているもの」に限定してしまうのは、大丈夫なのだろうか。これは「差別」ではなく、「区別」だと割り切られるものなのであろうか。きっと「発言者の意図」によるのだろうが、本当に気を遣ってくれているのか、それとも気に入らないから来て欲しくないのかは、発言している本人にしかわかりようがない。

どこまでが緊急事態宣言による対応として是とされるのか、難しいところである。同時に、自身の取ろうとする発言・活動についても、その意図がなくても「これは差別なのか?」などと捉えられる可能性があることを十分に理解した上で、生活していくことが要求されているのだなと感じている。