2016年11月19日土曜日

高校生のうちに読んでおきたい、薬学の話がわかる本 〜これから薬学部を目指す君たちへ〜

推薦入試で薬学部を受験する高校生の君へ


とある知り合いの高校生が、本格的に薬学部の受験を目指し始めた。
推薦入試も考慮しているとのことである。

推薦入試といえば、小論文に面接。
どのような問題が問われているのかと聞けば、
薬学部に入って1年目で教わるような薬害の問題や医療倫理の問題について。

なかなか高校生が知らないと思われるような話題が取り扱われているではないか。


理系、ましてや薬学なんてなると、
その情報は、、どこから入手するの!?
という具合であろう。

ここでは、薬学に特化した背景知識やバックグラウンドを頭に入れるのに適した本を、5冊ばかり紹介しよう。


薬って、どんな歴史を持っていて、過去にどのような出来事が起こってきて、どう進歩を遂げて今に至るか、そしてこれからどうなっていくのかがわかるような本を5冊選んでみた。

ここで紹介する本は全て筆者が薬学部に入ってから卒業するまでの間に読んだもの。最近のものからちょっと古いものまである。筆者が創薬研究者を志していたということもあり、薬剤師の業務というよりは少し創薬研究向けの本が多いかもしれないが、それでも薬学業界を理解するのにとっても適した本を選んだつもりだ。

==追記==
この記事は本ブログの中でも特段アクセス数が高いです。しかし、書いたのが2016年秋と、既に4年が経ちました。新しい本も出てきているなぁと感じています。
それに何より、時代とか技術とか、取り沙汰される問題・人々の興味も変わってき棚と感じています。つきましては、5冊、新たに選書して追加しておきました
(番号6~10)
(2020年02月10日)

1.『世界史を変えた薬』佐藤 健太郎 (2015)


難易度  :★★☆☆☆
オススメ度:★★★★☆

薬学部を志して最初に読むならこの一冊を強くオススメする。
様々な医薬品について歴史という視点から見つめている。
(3年生の時に読んだからかもしれないが)新書でとても読みやすかった覚えがある。

ビタミンCと壊血病の話、麻酔と華岡青洲の話、抗菌薬やanti-HIVdrugの話などなど、薬学部に入れば必ず一度は聞く話が11章にわかれて面白く紹介されている。

ちなみに本書の筆者は有機化学美術館というwebサイトを運営していることや、
サイエンスライターとして有名。






2.『新薬に挑んだ日本人科学者たち』塚崎 朝子(2013)


難易度  :★★☆☆☆
オススメ度:★★★★★

本書は薬学部在学中の4年間で読んだ本(200冊以上)の中で一番好きな本の一つ。
2度か3度くらい読み返している。
題名からも分かる通り、特に創薬研究者を目指す人におすすめしたい。

日本人が研究開発に多大な寄与をした医薬品について、その研究開発秘話が語られている。筆者は朝日新聞の記者で、普段は表に出ることのない研究者をしっかり取材されている印象(だった気がする)。

特に高校生にオススメしたいのは、まず解説の「薬のできるまで」を読むことである。
最初にここを頭にいれて読むことで、本書はもちろんのこと、医薬品業界に対する理解がぐっと深まるであろう。

そのほか、2010年問題やiPS細胞など、比較的新しく、かつ非常に重要な問題についても終章で(簡単ではあるが)説明してくれている。




3.『新しい薬をどう創るか』京都大学大学院薬学研究科 (2007)


難易度  :★★★★★
オススメ度:★★★☆☆

確かこれは一年生の時に読んだ本。
半年か1年分くらい薬学の知識を学んでから読んだわけであるが、
それでも結構理解に苦しみながらゆっくりと読んだ覚えがある。

とても難しかったけれども、医薬品の研究に興味のある学生、生徒にはおすすめ。
10年近く前の本であるため、ちょっと今日とは状況が違う部分も多かったような記憶もあるが、それでも創薬研究の根底にある基礎的な考え方をしっかり学ぶことができる一冊。

難しいし、基礎研究にかなり重点を置いているので、薬剤師を目指す人にとっては期待はずれの本になるので要注意。




4.『なぜ、あなたの薬は効かないのか?』深井 良祐(2014)


難易度  :★★★☆☆
オススメ度:★★★★☆

いかにも主婦向けに書かれたような題名であるが、薬を学ぶ一歩としては名著の一つ。
本の筆者が薬剤師であることもあって、内容は比較的薬剤師側の視点。

薬とはどういうものなのか、
薬とその代謝(ADME)、副作用について、
薬害やドラッグラグ、ジェネリックなどのお話が丁寧に説明されている。
この辺の知識は推薦入試を受けるにあたり、どれも頭に入れておきたいところ。

薬学部に入ってから読むとそれほど大した内容は書かれていないと感じるかもしれないが、最後には薬剤師のあるべき役割なんかについても言及されている。


筆者の深井氏は薬剤師資格をもったサイエンスライターであり、
薬剤師国家試験向けのwebサイト運営などもされている。




5.『創薬が危ない』水島 徹(2015)


難易度  :★★☆☆☆
オススメ度:★★★★☆

こちらも創薬研究者を目指す学生、生徒向けの一冊。
実は(このブログの)筆者は本書の筆者の元で研究をしていたことがある。

本書はもっぱら「ドラッグリポジショニング」という近年我が国で注目され始めた研究手法に注目し、その実例や成果を紹介する本となっている。序章の医薬品開発の流れなどは、薬学部を受験するみなさんには是非抑えて欲しい点が非常にわかりやすく解説されている。

また、これからの医療、および薬学が向かっていく世界のひとつとして、
最後に「スマートヘルスケア」という概念が提唱されているが、
こうした考え方も頭に入れておきたい。

ちなみに、
昨年、本書の筆者については騒動があったのだが、その点のコメントは差し控える。

 



===以下、追加更新した本(2020.02.10.)===

時代や技術・トレンドなどの変動を受けて、新しく選書を追加すべきだと思い至るようになった。そこで、ブログの筆者が2016-2020年あたりにかけて読んだ本の中で、あたらしくお勧めを5冊ばかり紹介する。

新しい5冊は、推薦入試対策というよりも、もっと大きな枠で医療・薬学の世界を捉えてほしいというような思いもあり、「将来、人類の健康や医療・ヘルスケアといった世界に足を踏み入れるにあたって読んでおいてほしい本・読んでおくと一つ視野の広がる本」というような基準で選んでみた。


6.『世界を救った日本の薬』塚崎 朝子(2018)


難易度  :★★★☆☆
オススメ度:★★★★☆

2. 『新薬に挑んだ日本人科学者たち (ブルーバックス, 2013)』の続編シリーズ的な本。
創薬研究者を目指す生徒さんにはぜひ読んでほしい。

内容は題名通りで、日本発の薬の中でも世界にインパクトの与えたものについて、15個くらい紹介されている。その薬の開発秘話であったり経緯で会ったり、その過程での創意工夫であったりと。夢を刺激される人もいるんじゃないかと思う。

大学院生として読んでみると、基礎のいい復習なんかにもなる。高校生が読むと、もしかすると、生物のシグナル伝達経路についてだとか、化学式云々はちょっと取っつきにくいかもしれない。が、挑戦してみてほしい。

が、塚崎さんの文章は概ねよみやすい。ジャーナリスト気質が強すぎるのでやや誤解を招きかねない表現なんかもあるけれど、高校生や一般向けに読んでいただく分には問題ないと思う。むしろ、これだけサイエンスに触れようとした内容を平易に書こうと努力されている方は稀な気がする。


世界を救った日本の薬 画期的新薬はいかにして生まれたのか? (ブルーバックス, 2018)





7.『遺伝子医療革命 ゲノム科学がわたしたちを変える』フランシス・S・コリンス(2011)


難易度  :★★★★☆
オススメ度:★★★☆☆


いわゆる、「ゲノム医療」みたいな文脈でどのような本を読んでおいてほしいかなぁと思ったときに、まずはこれを読んでほしい。ずいぶん悩んだけれど、やっぱりこれ。

一人ひとりの遺伝子が個別に解析できるようになったとき、世界は果たしてユートピアかディストピアか、どちらに転ぶのだろうか。というかなり根源的な問いを行き来しながら話が進む。ちゃんとサイエンスを語っているのに、これが市民や患者さんに還元されていくまでの社会的な要素までをも多面的に描写しており、これからは科学に基づいた医療を、この本の著者のように見つめていくときが来るのだと思う。

書評を見ていると賛否両論あるけれど、医学・薬学・ヘルスケアの道に進む予定で、高い志を持っている生徒なら、外せない一冊だと思う。ただ、結構内容は難しいと思うので、大学1,2年になってからでもいいと思う







蛇足①
なお、著者のコリンス博士はNIH(米国立衛生研究所, 知らない高校生はぐぐっておこう。)の所長を務めておられ、過去にはヒトゲノム研究所長なんかもされていた、ライフサイエンスの世界では重鎮中の重鎮。

蛇足②
ゲノム医療系が気になる!という方、下記二冊がもう少し取っつきやすいので、『遺伝子医療革命』が難しすぎる人にはこちらもいいと思う。

・ゲノム編集 CRISPER-Cas9


CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見

こちらは最初の技術の説明がかなり詳しく書いてくれているだけに理解に頭を使うかもしれないが、ちゃんと理解したい人にはお勧め。なお、著者はCRISPERの生みの親、ダウドナ博士だ。

・遺伝子検査の普及について

ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか? 生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来


京都大学の大学院生されている間に「ジーンクエスト」という会社を起業された方の著書。遺伝子検査を日本の中でもいち早く市場に導入した人の一人。会社は現在、ミドリムシで有名なユーグレナにバイアウトして新たなヘルスケアの在り方を模索中と思われる。
自身の生み出したゲノム診断キットなんかの話を基に、「技術が市民に受け入れられるためには、とっても長い時間がかかるんだよ、だからみんなちゃんと準備しておこう」といったことを主張されている。



8.『ジェノサイド』高野 和明(2011)


難易度  :★★☆☆☆
オススメ度:★★★★★

小説から1冊何か、、と思って選出したのがこちら。
一度ブレイクしたので親世代は知っている人もいるかもしれない。


創薬化学者を目指す本ブログの筆者にとって、この本に出てくる主人公は本当にかっこよかった。難病患者を救うための日本人創薬研究者と、難病の子供を持ったアメリカの傭兵と、、様々なステークホルダーの利害が絡み合った世界の物語。600ページ近くにわたる超大作なのだけれど、後半なんかはまさに一気読み必至の大スケール作品。名作だと思う。とても面白い。(一部グロテスクなシーンもあるが。)

物語を通して、生物とは?人間とは?といった根源的な人類の在り方についてを深く考えさせてくれる一冊で、教養本としても良書。

そして、本の作者は創薬の現場をとっても良く反映する努力をしてくれたのだと思う。巻末の文献の量から見てもわかるが、私が今いる創薬現場から見ても、かなりリアリティの高いサイエンスフィクションに仕上がっていると感じる。これを書くために相当勉強されたのだと思う。

創薬部分はわからないところもあれど、なんとなくこういう世界が近づいてきているんだっていうイメージを持っていただけるだけで、だいぶと視野が広がる。






9.『医療4.0 (第4次産業革命時代の医療)』加藤 浩晃(2018)


難易度  :★☆☆☆☆
オススメ度:★★★★★

新しく紹介する5冊の中では一番この本が読みやすいと思う。普段から医療だとかに触れている人だったら、サクッと読める。#起業 #IT×医療 #デジタルメディスン、みたいなキーワードに引っかかる高校生は読んでみると面白いと思う。(工学側からすると、しょうもないって思われるだろう)


最初1/3くらいで、現代の医療を取り巻く構造だとかを人口動態統計なんかに基づいて考察されており、今が医療の変革期であることを述べられる。第二章では医療が抱える課題に対するテクノロジーのポテンシャルを一般論として述べ、最後に、実際にこうした課題解決に取り組む現場の医師の紹介がある(ここが一番面白い)。


ここでは、医療者としての生き方の多様性(様々なキャリアプランニングができるんだ)っていうことを吸い取ってほしいと思う。なんといったって、30人の現場の医師の生き方が紹介されている。
医師の人生が紹介されているものの、薬剤師さんにもあてはまるし、薬学バックグラウンドの方にも読んでほしい。なんなら、薬剤師4.0みたいな本、書いてみてもいいかもしれないなぁ、とさえ思う。


ちなみに、著者の加藤さんは自らも起業しつつ、デジタルハリウッド大学院でのポジションも持たれている。もともと眼科医だったうえ、厚労省なんかも経験してからのこのポジション。かなり多分野を経験されている。

ちなみに、僕も一度話したことあるが、とても気さくで若者に優しい先生だ。高校生でも会いたいと連絡すれば二つ返事でインタビューなんかも受けてくれるだろう。







10.『「原因と結果」の経済学―データから真実を見抜く思考法』中室 牧子, 津川 友介(2017)


難易度  :★★☆☆☆
オススメ度:★★★★☆

「公衆衛生学」という分野に興味のある生徒さんがいたら、ぜひ読んでほしい。これまた薬剤師さんとか、関係なさそうに思えるのだけれど、臨床現場を志す薬剤師さんの卵にこそ、こちらをお勧めする。科学的な視点で医療にまつわる問題をみるといったときに、本書の考え方が役に立つ

ちゃんと、現場で得た知見を科学に還元することのできる医療者になってほしい。論文の書ける薬剤師さんになってほしい。そのためには、薬局や病院で垣間見る様々な現象・データからできるだけ多くの情報を正しく読み取る必要がある。

この本は、公衆衛生学のスペシャリストでハーバード大学に籍を置いて研究をされている津川先生のテーマがわりとたくさん取り上げられていて、トピックとしても面白いものが多い。









おわりに


いかがであっただろうか。
気になった本が一冊でもあればぜひとも手にして薬学という世界に一歩、足を踏み入れていただきたい。

本の中では、夢のある素敵な話が語られていると同時に、
薬学や医療の抱えている問題や課題が多く指摘されていることに気付くであろう。

紹介してきた本は新しくても2015年のものであるが、それ以降、本年だけでも多くの話題が医療の中で物議を醸している。
・高額医薬品オプジーボの薬価について
・AIや人工知能、医療ICTの可能性について
・遺伝子編集CRISPR/Cas9 の話題 
 などなど。。。

こうした問題の解決に果敢に挑戦していくのがこれからを担っていく君達である。
そして筆者もその一人でありたいと切望する。


==追記 (2020年2月10日)==

昨年2019年の秋ごろにかけて、京都大学の入試企画課のスタッフ(職員)さんたちと仲良くなったりしたこともあり、京都大学の事業の一環で、日本中の高校生に対して、講演活動をする機会があった。

テーマや講演実績などは以下に詳しい。
https://h-hakariya.blogspot.com/p/contact.html

そこで高校生たちと触れ合っていて、圧倒的に僕ら(10年前くらい)とは違った価値基準や興味を持っているな、ということだった。入試企画課の人たちと話をしていても、文部科学省や大学が求めている学生像なんかが、ものすごい勢いで変わってきている。



技術の目覚ましい進歩は、私たちの医療感・生命観を大きく揺るがそうとしていて、それに対する思考・哲学がかなり問われるようになってきたな、と思う。生命倫理や医療哲学なんかの分野への関心はますます求められるだろう。スキルの側面で見ると、デザインにセンスのある学生や、プログラミングができる学生はこの分野でもやはり、需要が高い。特に、AI創薬・バイオスタティスティクスなんかの分野では人財不足は目覚ましく、ここで力を発揮できるような若手はこれからの時代にかなり求められるだろう。公衆衛生分野では、データ解析・統計学がちゃんとできる若手が全然足りない。


薬学を志しているからといって視野を狭めてはいけない。医療をもっと薬以外からの側面からも俯瞰して捉えることは間違いなく必要な世の中だ
ただ、筆者はこれを大変なチャンスだととらえている。5年前と比べてみても、医療・ヘルスケアの領域は圧倒的に成長しているし、世界視点にたっても、トップレベルの関心を集めていて、次の変革を起こすのはもしかしたら、自分かもしれない。



山積する課題に真正面から立ち向かう楽しさ(と、大変さ)を紹介本の中から読み取っていただいて、それを超えていこうと挑戦する高校生たちが、一人でも増えてほしい。


今日正しかったことが、明日は180度異なってしまうような世の中においてでも、時代の求めるリーダーシップを発揮できるような薬学生がどんどん増えてほしいと願ってやまない。